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たぶんこれが終章
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2011/04/11 05:50 |
夢で逢いましょう
人生も第4コーナーに差し掛かってくると周りに展開する景色も変わってくる。我々はよく人生を四季に例える。私が辿ってきた人生はどんなものであったのだろうか!?光輝きうららかだった春、全てに激しかった夏、多くのものが熟した秋、今は実りの秋が終わってこれからは冬支度といったところだろう。最愛の連れ合いも逝ってしまったからかって程人生に充実感は覚えない。まあそれも仕方ないこと、掛け替えのないパートナーであっただけに余計その思いは強い。とは言えこれから間違いなくやって来る冬のことを思うと何となく寒...
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2011/04/11 05:45 |
追悼樹をありがとう
女房は今迄多くの人に愛され多くの人を愛し、多くの人に支えられ多くの人を支えてきた。そのことは私達が5年前このテキサスの片田舎へ引っ越してきてからも変わらなかった。彼女のあの持ち前の陽気さと愛くるしい笑顔は多くの人を魅了して止まなかったし、それゆえにほんのわずかの間ではあったが街の人気者になることは難しいことではなかった。
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2011/04/11 05:41 |
友あり遠方より来る
私の女房は、生前多くの人を愛し多くの人に愛された。そして、多くの人を支え、多くの人に支えられた。それは彼女の人となりがそうさせたのだと思うし、私はそんな彼女がとても可愛く好きだったし誇らしかった。人と接するのが好きだったから彼女の周りはいつも賑やかだった。だから私がつけた渾名の「パーティ気違い」というのも当たっている。彼女は人も動物も自然も好きだった。片や私はと言えば、動物と自然が好き、人はもう疲れたから時々でいい。現役の頃はビジネスで毎日何十人いや展示会や業界の集まりがあると何百人もの人...
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2011/04/09 03:27 |
信じることで救われる
私は生来、神社仏閣や教会等を訪れるのは好きである。しかしそれは建築美やそれらが醸し出す内外の雰囲気がとても荘厳且つ静寂然としているからであって、信仰心や宗教心が特にあるからと言うものでもない。ここら辺りは生まれながらのいい加減な性格と言うか生きる姿勢がなす業であって別段気にも止めていない。私は、例えばワインを飲んだら旨い、花を見たら美しい、富士山を見たら感動する、グランドキャニオンへ行けば圧倒される。それだけで終わってしまう。ワインが何処産か、そのいわれはとか、花の名前はとか、富士は何処から何...
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2011/04/07 00:37 |
彼女の名誉の為に
女房の遺品整理はいずれ避けては通れない道である。遺品を片付けると言うことは故人の思い出を処分してしまうようで簡単に行えるものではない。いや別に決まりがある訳ではないので何も慌てて遺品整理をしなくてもいいと私は思う。と言うのはゆっくりと時間をかけて遺品整理を行うことで故人がこの世にはもういないと言う現実を受け入れていくプロセスにすることが望ましいように思えるからである。それは「長いこと引きずる」と言うことではない。一気に整理する方がすっきりすると言う人もいるだろう。しかし私は、そんなやり方は傷口...
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2011/04/06 07:00 |
ユニークな墓碑
ついでだから墓石の話を続けよう。女房を埋葬してから私は息子と共に墓石の選定にとりかかった。二人の共通の思いは、全て彼女らしいユニークなものにしよう、そしてもう一度彼女を喜ばせようと言うものだった。
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2011/04/05 07:00 |
ところ変われば
こちらの墓地を訪れて最初に感じるのは二つとして同じ墓石はないと言うことである。よく映画や絵葉書などで目にするワシントン郊外にあるアーリントン墓地等は同じ十字架が整然としかも際限なく並んでいて美観としては最高であり、また墓地というか公園のような感じである。しかしその他一般の墓地と言うと、小奇麗に手入れはされているがやはり墓地であり、景観は遥かに劣るも厳粛な場所であることには変わりない。最近でこそ日本の墓石や墓碑銘も個人の希望や家族の願いが込められて段々独創的になってきたとは言え、一般的...
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2011/04/05 06:02 |
引きずるということ
愛する人との今生の別れ程辛く悲しいことはないが、無常の世界に生きる我々にそれを回避する手立ては無い。人皆一様にいつかはそれが試練に立たされ、概ねそれを乗り越えて行くものであるが何時になったらその悲しみや辛さが風化されて行くかと言うと、人夫々であって将に千差万別言ったところであろう。あるものは49日の忌明けが済むと心を切り替え立ち直って行く。しかし別のものは1年、3年、7年、いや10年、15年経っても心に安寧の日は来ず、チョッとしたきっかけで再び涙に明け暮れる日々に帰っていくと言う。所謂...
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2011/04/03 08:11 |
夫と妻、母と子
夫と妻。この関係は独特なものがあり100組の夫婦がいれば100通りのパターンがあり一概にどれが秀でてどれが劣っているかを論じることは出来ない。ただ私に言えるのは、彼女は私の人生で掛け替えの無い最も大切な存在であったと言うことである。それは両親や一人息子、兄弟や親しい友人達への思いとは全く異質で一線を画するものなのである。
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2011/04/03 08:09 |
彼女が愛した動物達
アメリカのケーブルテレビはチャンネルが無尽蔵にある。だが殆どの人は自分の気に入ったジャンルの番組しか見ないから結局は無駄な金を民放に払っている訳だがそれも仕方あるまい。ニュースなど通常番組は一般局で見れるから、ケーブルは本当に細分化され極端なこと24時間放映している。私はスポーツ番組と西部劇。女房は勿論西部劇と動物愛護番組。明けても暮れてもこの繰り返しであるが、よくも飽きないものだと感心する。そう言う私もシーズンになると例えばフットボールなど週末は真昼間から夜中までテレビに噛り付いているか...
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2011/04/02 02:03 |
彼女のお陰で今日がある
朝起きると「今日もまた一日がはじまります。大いに楽しもうと思うからよろしくお願いします。」 そして夜寝る前に「無事一日が終わりました。君がが見守ってくれているお陰で楽しく面白い一日でした。どうもありがとうございました。」そう言って女房の写真に話しかける。一人でそんな単純な儀式を繰り返すことで不思議と心は和み落ち着いて行く。今の自分があるのは女房のお陰、毎日が感謝深謝多謝の連続である。
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2011/03/31 09:49 |
配偶者を亡くしたものの会
昨年11月15日、女房が他界、葬儀等を終えた後の残務整理やら生前彼女がお世話になった方達をあちらこちらを訪問して、御礼やら色々な報告等で悩殺されているうちにあっという間の2ヶ月間が過ぎてしまった。悲しさ、寂しさ、空し等連れ合いを亡くした後の典型的なシンドロームを経験する暇もなかったくらいである。勿論その中での3週間ほどの日本滞在は大きなイベントであった。日々忙しくすることで、悲嘆にくれる時間を与えないと言うのも立ち直りを早くする一つの方法である、との知恵もお一人様の先輩から教わった。
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2011/03/31 09:47 |
彼女の好きな政治社会問題(後編)
M 「当たり前にあるはずのものが、突然なくなった。安全だと信頼していたものを、にわかに信じられなくなった。あの朝、『行ってらっしゃい』 と送り出した家族が帰らない。戦後65年間で最大の国難をもたらした東日本大震災。われわれは戦後、65年かけて、きらびやかで便利な文明社会を築いてきた。だが、そうした文明というものが何だったのか?!どうだったのか?!日本はこれから3年、5年かけて考えていくことになるのではないだろうか?!それと人類史上経験したことのない原発事故。この収束とあらたな代替エネルギ...
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2011/03/30 11:20 |
彼女の好きな政治社会問題(中編)
J 「話の続きだけど、原発事故がこんなに大変な状態になっているのに、いまだに何でも電力会社に任せている政府はチョッとおかしいんじゃない?」
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2011/03/30 11:10 |
彼女の好きな政治社会問題(前編)
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2011/03/30 11:00 |
日々是好日
よく聞く言葉で茶席の禅語としても有名なものである。意味は毎日が好い日であるとのおぼろげながらの知識だが実はその意味するところはもっと深い。早速辞書を紐解いてみると。『その日その日が最上であり、最高であり、かけがえのない一日であって、日々の苦しみ、楽しみ、悲しみ、喜びなどこう言った良い悪いに対する執着がなくなり、今日を素直に受け止め、自然の中で生きているということを感じ、一日を意のままに使いこなす、過ごせると言うところに真実の生き方がある。』というような意味である。チョッと難しいが、要は過去も未...
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2011/03/29 01:34 |
妻からの自立
各々の夫婦によってタイミングの違いはあれ、いずれはどちらかが先に逝き、どちらかが残される、これは世の常とて何人も避けて通ることは出来まい。願わくば「お前100まで、わしゃ99迄」と言うのが理想的だがそのような人生の終焉を迎えられる夫婦はトータルからすればほんの数パーセントしかないだろう。しかし大部分の夫婦は期間の長短こそあれ、何らかの形で人生の黄昏時を楽しむことが出来る。現役を引退しサンデー毎日、子供達もみんな片付き親としての役割も卒業、好きな趣味や旅行三昧、同好の士との交流や昔の...
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2011/03/28 23:36 |
いい涙、流しました
還暦をとっくに過ぎた私には、今迄あまり大量の涙を流したと言う記憶はない。勿論人並みに親父や兄貴、友人知人達の訃報を聞いた時嗚咽はしたが涙の量は少なかった。「男はメソメソするもんじゃない!」と言う幼少の頃からの教えをしっかり身につけてきた所為もある。事ほどさように涙にも色々ある。嬉し涙、悔し涙、悲し涙、辛い涙、感謝の涙。。。。そんな中でもやはり別れの涙と言うのが「涙」の定義としては一番相応しいような気がする。とりわけ連れ合いとの死別は、涙なしでは語れない。
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2011/03/28 23:33 |
前を向いて歩いて行こう
私は宗教的な言葉にはとんと疎い。しかし現実問題女房が他界したので最低限の供養めいたものはしていかねばならないと思っている。でも宗教が異なると供養の仕方も色々ありややこしい。女房と私の場合、神仏混合ではないが仏教とキリスト教が結構ごちゃ混ぜになっているが、まあそんなに難しく考えないようにしている。要は彼女があの世で安らかに眠ってくれればその手段は問うまいということ。
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2011/03/03 10:20 |